大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 平成3年(ネ)2511号 判決

東京都墨田区京島一丁目三〇番八号

控訴人(第一審原告)

株式会社ワールドケミカル

右代表者代表取締役

森洋二

右訴訟代理人弁護士

木下健治

右輔佐人弁理士

山本彰司

唐木浄治

兵庫県尼崎市水堂町四丁目一番三一号

被控訴人(第一審被告)

セイコー化工機株式会社

右代表者代表取締役

桜井勇一

右訴訟代理人弁護士

角田昌彦

角田雅彦

右輔佐人弁理士

角田嘉宏

高石郷

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた判決

一  控訴の趣旨

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人は、控訴人に対し、金一億円及びこれに対する昭和六三年六月五日から支払い済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

3  被控訴人は、原判決別紙物件目録記載の自吸式ポンプの製造販売及び販売のための展示をしてはならない。

4  訴訟費用は、第一、二審を通じ被控訴人の負担とする。

二  控訴の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二  主張及び証拠

当事者双方の主張及び証拠の関係は、次のとおり訂正するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

1  原判決七丁表九行目の「奏するから」を「奏する。すなわち、本件発明(一)は、裏羽根の遠心力によって高圧水膜を形成するものであり、第1の突出部を裏羽根の対向部に形成して、右高圧水膜の形成に作用させ、これにより、シャフトから吸い込まれた空気が渦室へ流入することを防止しているものであるところ、被控訴人製品も、ランナー13に固定された裏羽根の遠心力により、液体シール状態を形成するものであり、そのために裏羽根15と対向する位置に抵抗部としての段部1bを形成して液体シールの形成に作用させ、これによりシャフト12から吸い込まれた空気が渦室19へ流入することを防止しているのであるから、この点で、被控訴人製品の段部1bは、本件発明(一)の構成要件(B)の第1の突出部と同一の作用効果を奏するのである。よって」と訂正する。

2  同丁裏三行目から四行目にかけての「奏するから」を「奏する。すなわち、本件発明(一)の構成要件(C)の第2の突出部は、液体との摩擦による乱流を生じさせ、右乱流が空気の流入を阻止する抵抗体となることによって、空気が渦室に流入することを防止しているものであるところ、被控訴人製品も、回転盤30とこれを取り囲むように配置された仕切板20と仕切壁6とで形成された間隙に、回転盤30と液体との摩擦による乱流を生じさせ、右乱流が空気の流入を阻止することによって、空気が渦室19へ流入することを防止しているのであるから、この点で被控訴人製品の回転盤30部に生ずる現象は、本件発明(一)の構成要件(C)の第2の突出部に生ずる現象と同一であり、同一の作用効果を奏するのである。よって」と訂正する。

理由

第一  当裁判所も、控訴人の本訴請求は理由がないものと判断する。その理由は、以下のとおりである。

一  請求の原因1及び3の事実は、当事者間に争いがない。

二  そこで、被控訴人製品が本件発明(一)の各構成要件を充足するものであるか否かを検討する。

1  本件発明(一)の構成要件が以下のとおりであることは、当事者間に争いがない。

(A) 吸入口及び吐出口が形成されているとともに、中心部にパイプが連設されている適宜形状のケーシングと、前記吸入口に連設されているサクション室と、前記吐出口に連設されている自吸室と、前記ケーシングに固定されている駆動機構と、この駆動機構のシャフトに固定されているランナーとを有する自吸式ポンプにおいて、

(B) 前記ケーシングに形成されている第1の突出部と、

(C) この第1の突出部とは外側に内径的に対向して前記ランナーに形成されている第2の突出部と、

(D) 前記自吸室に穿設されている水圧バランサー用孔と、

(E) 前記ランナーに固定されている裏羽根とを備えていること

(F) を特徴とする自吸式ポンプ。

2  また、本件発明(一)が次の作用効果を奏することも当事者間に争いがない。

揚水羽根と裏羽根との間にあるケーシングの突出部とランナーの突出部の間隙に液体が流入した状態でランナーが回転させられると、揚水作用が働き、渦室の液体は、ランナーの外周を通って裏羽根の方に流動するが、この裏羽根の遠心力で、液体は、外径方向に押し返されてバランスがとれ、液体シール状になる。自吸時になると、シャフト部から吸い込まれた空気は、裏羽根の遠心力によってできた水のリングで遮断され、空気は水圧バランサー用孔から自吸室へ排出される。その際、ケーシングの突出部とランナーの突出部によって渦室への空気の流入が防止される。すなわち、揚水羽根の近傍が高真空になっても、大気を吸い込むことがなく、自吸を確実に行うことができる。

3  そして、成立に争いのない甲第三号証によれば、本件発明(一)の特許公報(本件公報)には、発明の詳細な説明として、実施例に即し、以下の記載があることが認められる。

「上記構成の自吸式ポンプにおいては、ランナー8の突出部8aは、ケーシング1の突出部1bと接合しないで回転するので、これらのランナー8の突出部8aとケーシング1の突出部1bとで揚水羽根9と裏羽根10とが隔離されている。すなわち、揚水羽根9と裏羽根10との間にあるケーシング1の突出部1aとランナー8の突出部8aの間隙には液体が流入する。この状態でランナー8が回転すると、揚水作用が働き渦室12(12は13の誤記と認められる。)の液体はランナー8の外周を通って裏羽根10の方に流動するが、この裏羽根10の遠心力で液体は外径方向に押し返されてバランスがとれ液体シール状態になる。」(同号証特許公報3欄四二行ないし4欄一〇行)「また自吸時においては、シャフト7より吸い込まれた空気は、裏羽根10の遠心力で出来た水のリングでしゃ断され、空気は水圧バランス孔14より自吸室へ抜ける。さらに突出部1b、8aは、空気が渦室13へ混入するのを防止している。

このようにして、揚水羽根9と裏羽根とが隔離されるとシャフト7より空気が渦室13へ流動せず、水圧バランサー用孔14へ吐出されるので、揚水羽根10の近傍は高真空になり自吸が確実になる。」(同4欄一〇行ないし二〇行)

「本発明は以上説明したように、揚水羽根と裏羽根とが隔離されていて揚水羽根の近傍がいくら真空度が高くなっても大気を吸い込まずに自吸するので、構造が簡単にして自吸を確実にする効果がある。」(同5欄一七行ないし6欄三行)

4  以上の事実によれば、本件発明(一)の構成要件面のケーシングに形成されている第1の突出部とは、本件公報の図面に表示されているようなケーシングの底部から垂下した突出部であり、構成要件(C)のランナーに形成されている第2の突出部とは、この第1の突出部の外側にあって、第1の突出部と内径的に対向するような垂直壁を有するものであることが認められる。本件発明(一)は、このような構成要件(B)、(C)の各突出部の構成及び構成要件(D)の水圧バランサー用孔が前記自吸室に向けて穿設されている構成を採用した点にその発明の要旨があるものと認めるのが相当である。

5  このことは、前示事実及び成立に争いのない乙第一号証の一四ないし一七により認められる次の事実からも明らかである。

本件発明(一)の出願過程中の特許異議手続において、特許異議申立人は、本件発明(一)の出願前に特許異議申立人が出願した発明(以下「先願発明」という。)の公開特許公報を提出し、本件発明一は、先願発明と同一であるから、特許法二九条の二により特許を受けることができないと主張した(乙第一号証の一四)。

同公開特許公報によれば、先願発明は、本件発明(一)の構成要件(A)と(E)を備えている自吸式ポンプであって、本件発明(一)と同じく、シール部材を必要とせずに自吸を確実にすることを目的としている発明であり、特許異議申立人が本件発明の構成要件(B)、(C)、(D)に対応するものと主張した先願発明の構成は、軸(本件発明(一)のシャフトに該当する。以下、この項のかっこ内同じ。)と連結する羽根車は主羽根(揚水羽根)、裏羽根(同)、回転盤(ランナー)によって構成され、裏羽根と回転盤はバックカバー及び固定盤からなる筐体によって覆われ、回転盤は筐体との間に第一シール室、第二シール室を形成しており、羽根車を収容した筐体外側の吸込側と吐出側に液溜室をそれぞれ設け、かつ、これらの液溜室を自吸液補給穴で連通している構成であった。

同公開特許公報には、この構成の作用効果を、次のとおりに記載している。

「軸16の先端部に取付けた羽根車の裏羽根2と回転盤3とは、固定盤24とバックカバー14とで形作る筐体内で回転させ、裏羽根2および回転盤3と液体との摩擦により、液体に遠心力を与え、その高圧液をシール内に充満させ軸側からの空気の侵入を防ぎ、自吸時の負圧に耐え、揚水時には主羽根1の働きで揚水が第二シール室6および第一シール室7に侵入してくるが、裏羽根2の働きで防ぎ正圧、負圧が交互にかかってもなんら支障なく完全なシール効果を発揮するものである。」(同公開特許公報3欄一〇行ないし一八行)

この記載に照らせば、先願発明は、本件発明(一)の前示「自吸時においては、シャフト7より吸い込まれた空気は、裏羽根10の遠心力で出来た水のリングでしゃ断され」、揚水時につき「この状態でランナー8が回転すると揚水作用が働き渦室13の液体はランナー8の外周を通って裏羽根10の方に流動するが、この裏羽根10の遠心力で液体は外径方向に押し返されてバランスがとれ液体シール状態になる」と同じ作用効果(以下、この作用効果を「シール効果」という。)を奏することを意図していること、また、先願発明には、本件発明(一)の構成要件(D)の「自吸室に穿設されている水圧バランサー用孔」に相当する構成はないことが認められる。

これに対し、控訴人(出願人)は、特許異議答弁書(同号証の一五)において、本件発明(一)が先願発明と同一でない理由を、次のとおり主張した。

「本件発明は、・・・『ケーシングに形成されている第1の突出部と、この第1の突出部とは外側に内径的に対向して前記ランナーに形成されている第2の突出部と、前記自吸室に穿設されている水圧バランサー用孔と、前記ランナーに固定されている裏羽根とを備えていること』を要旨とする。」(同答弁書2ページ一二行ないし3ページ三行)

「〈1〉 先願の明細書等には、本件発明の第1の突出部1bと第2の突出部8aに対応するものが全く記載されていない。すなわち特許異議申立人は、先願の明細書等に記載されている羽根車の回転盤と実質的に同一であると主張されているが、両者の構成が全く相違していることは明白である。

〈2〉 本件発明には、自吸室に穿設されている水圧バランサー用孔14を有しているが、先願の明細書等には水圧バランサー用孔14に対応するものが全く記載されていない。

〈3〉 したがって、本件発明と先願の明細書等において共通しているのは、本件発明の裏羽根10と先願の明細書等の裏羽根10(10は、2の誤記と認められる。)だけであるので、本件発明と先願の明細書等の発明とは技術的構成が全く相違していることが明白である。」(同答弁書3ページ七行目ないし4ページ九行目)

そして、特許異議の決定において、先願発明の明細書又は図面には、本件発明(一)の構成要件(B)、(C)、(D)に当たる構成について全く記載されていないから、本件発明(一)は、先願発明と同一の発明でないとして、異議申立は理由がないとされ(乙第一号証の一六)、特許査定された(同号証の一七)。

6  以上の事実によれば、本件発明(一)は、その構成要件(B)、(C)、(D)を必須の構成とし、これが欠けるものは、そのシール効果を同じくする自吸式ポンプであっても、控訴人が右特許異議答弁書において自認するとおり、同一のものということができないことが明らかである。

そして、被控訴人製品を示すものであること当事者間に争いのない原判決添付別紙目録によれば、被控訴人製品には、本件発明の構成要件(B)、(C)、(D)と同一の構成を有していないことが認められる。

そうとすると、仮に控訴人主張のとおりに、被控訴人製品の「仕切板20部であって裏羽根15の先端位置に形成された段部1bと」、「この段部1bの外側で、前記ランナー13の揚水羽根14と裏羽根15間に突出させられた回転盤30」が、本件発明(一)のシール効果と同じ効果を奏するものであっても、被控訴人製品は、本件発明(一)と実質的にも同一ということはできない。したがって、被控訴人製品は、その余の点につき判断するまでもなく、本件発明(一)の技術的範囲に属さないものといわなければならない。

三  次に、被控訴人製品が本件発明(二)の各構成要件を充足するものであるか否かを検討する。

1  本件発明(二)の構成要件が以下のとおりであることは、当事者間に争いがない。

(A) 駆動機構に連結されているシャフトと、このシャフトの下端に固定されているランナーと、このランナーに固定されている適宜の径で形成されている揚水羽根と、この揚水羽根の径よりも長い径で形成され、かつ、前記ランナーに固定されている裏羽根と、吸水口及び吐水口が形成されているとともに、中心部にパイプが連設され、かつ、前記駆動機構が固定されているケーシングと、このケーシングと前記パイプとに連設し水平方向に形成されている仕切板と、前記ケーシングに形成されているサクション部とを有する竪型揚水ポンプにおいて、

(B) 前記裏羽根外周部の仕切板部に自吸室と連通させて水圧バランサー用孔を形成し、該水圧バランサー用孔を介してシャフト部から吸引される空気を自吸室に排出させ、

(C) 更に、前記サクション部にサイホンカット部を設け、該サイホンカット部を介してサイホン現象により逆流する揚水を自吸室に貯溜させること

(D) を特徴とする自吸式ポンプ。

2  また、本件発明(二)が請求の原因2(二)(2)記載の作用効果を奏することも当事者間に争いがない。

3  そして、成立に争いのない甲第五号証によれば、本件発明(二)の補正公報(本件補正公報)には、補正された発明の詳細な説明として、以下の記載があることを認めることができる。

「本件発明の問題点を解決するための手段は、〈1〉自吸中、軸部から吸い込まれた空気が直接渦室に吸い込まれないようにするために、裏羽根外周部の仕切板部に自吸室と連通された水圧バランサー用孔を設けたこと(中略)にある。このように構成することによって、まず自吸中は常時羽根車に供給されている液(水)は、遠心力によって吸引部から吸い込まれた空気と共に羽根車の外側に移動すると共に、羽根車の中心部が負圧になり吸引部が真空保持される。このような遠心力と真空保持の作用によって、配管内の真空(空気の誤記と認める。)が排気されると共に液(水)が吸引されて自吸作用が開始され、更に渦室内の液(水)が羽根車の外周を通って裏羽根の方に移動しようとするが、裏羽根の方が圧力が高いために押し返されてしまう。この結果、液(水)や軸部の方には流れ込むことはないが逆に軸部から空気が吸い込まれることになる。この軸部からの吸い込み空気が、渦室に吸い込まれないようにするために水圧バランサー用孔を設けたのである。」(同号証補正公報三ページ二行ないし一二行)

実施例に即した説明として、「前記ケーシング1の上蓋1aに設けた水圧バランサー用孔4は、軸部から吸引され(た)空気を自吸室へ排出させ、直接渦室19に吸い込まれないようにするために設けた空気排出孔である。したがって、この水圧バランサー用孔4、4は裏羽根15の外周部分の位置となる仕切板20に穿設することが条件となる。」(同ページ二九行ないし三二行)

「渦室19の圧力が高くなって定常の揚水運転が行われている間は、水圧バランサー用孔4の有無にかかわらず液封という目的は達成されるが、自吸時若しくは運転中において裏羽根と仕切板間に水のリング(液輪)が生じた場合に、水圧バランサー用孔4が無いと空気も一緒に渦室19へ流れ込み、自吸も揚水運転も停止してしまうことになる。」(同七ページ一〇行ないし一三行)

4  以上の事実によれば、本件発明(二)の水圧バランサー用孔は、構成要件(B)に示されるとおりの位置に形成されなければならず、この位置に形成されることによって、自吸時又は運転中における軸部からの流入空気を自吸室へ排出し、渦室への流入を防止して連続運転を可能にするものであることが認められ、本件発明(二)は、これを必須の要件とするものであると認められる。

5  これに対し、原判決添付別紙物件目録、成立に争いのない甲第六、第七号証及び被控訴人製品であることに争いのない検乙第一号証によれば、被控訴人製品のサイホンカット用穴は、仕切壁6の下方の渦室のケーシングに、吸入室に連通されて設けられたものであり、本件発明(二)が必須の要件とした裏羽根の上部を覆う仕切板に自吸室に向けて穿設されているものではないから、その構成自体が本件発明(二)と異なることは明らかであり、したがってまた、本件発明(二)の水圧バランサー用孔が裏羽根外周部の仕切板部に自吸室と連通させて設けられたことによって奏する前叙の作用効果を有しないことも明らかである。

控訴人は、被控訴人製品のサイホンカット用穴は、自吸時等に渦室内に取り込まれた空気を渦室外に排出する機能を有する点で、本件発明(二)の水圧バランサー用孔と同一の機能を有している旨主張するが、右4に認定したところから明らかなように、この機能は本件発明(二)において水圧バランサー用孔を必須の要件として設けたことの本来の機能ということができないから、右の理由で作用効果の同一をいう控訴人の主張は採用の限りではない。

6  以上認定のとおり、被控訴人製品は、本件発明(二)の構成要件旧(B)と同一の構成を備えておらず、また、その作用効果の点からみても同一ではないものであるから、本件発明(二)の技術的範囲に属するものではないというべきである。

第二  以上のとおり、被控訴人製品は本件発明(一)、(二)の各技術的範囲に属さず、本件特許権(一)、(二)を侵害するものではないから、その余の点につき判断するまでもなく、控訴人の本訴請求は理由がない。

よって、これと結論を同じくする原判決は相当であり、本件控訴は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 牧野利秋 裁判官 山下和明 裁判官 三代川俊一郎)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例